出会い ゾビラックス軟膏 E!チャット管理人 X-ふぁいる  天ぷらが好き!【1】

天ぷらが好き!【1】

Tempura
Tempura / adactio


 天ぷらといえば、寿司と並んで外国人(主にアメリカ人)が知っている代表的な
〝ジャパニーズフード ヽ(´∀`)ノ〟
でしょう。

 天ぷらは日本全国どこでも食べられる料理である一方、料亭や専門店で出される高級料理であったり、スーパーの惣菜コーナーで売られる大衆料理だったり、その価値観に結構〝幅のある料理〟です。
 今回はそんな天ぷらに関する能書きをあれこれ書き垂れたいと思います。



↓ 一口に〝天ぷら〟と言っても、上記のような料亭や専門店で出される高級なモノから、こんな惣菜屋で売られる庶民的なモノまで、様々な天ぷらがある。
tempura
tempura / istolethetv


 さて、V(-¥-)Vがこの駄文を書き垂れるにあたって、天ぷらの起源を改めて調べてみると、
〝天ぷらの起源は意外と古かった Σ(゜o゜ノ)ノ〝
という事が判明していました。

 それまでV(-¥-)Vは、天ぷらの起源を
〝江戸時代の初期…_φ(・・ )b〟
だと思っており、まだ鎖国していなかった日本に入国していたポルトガルの宣教師が伝えたモノだと思っていたわけです。


↓ 天ぷらはポルトガルの宣教師が伝えたと言われている。宣教師…といえばすぐ思い浮かぶのが画像のフランシスコ・ザビエルだが、彼は〝スペイン人〟であって、ポルトガル人ではない
宣教師ザビエルの夢―ユダヤ・キリスト教の伝統と日本

 江戸幕府の開祖・徳川家康と三河武士の実像を描いた、司馬遼太郎氏の小説『覇王の家』には晩年の家康がいよいよ最期を迎えるエピソードが記されています。

 戦国時代を生き抜き、天下を統一した家康は合戦で戦死したわけでなく病死だったんですが、その症状が現れた直接原因は、
〝天ぷらの食い過ぎ Σ(゜ロ゜;)〟
だとされているわけです。


↓ 戦国時代、国盗り合戦の勝者である家康の命を奪ったのは〝天ぷら〟だった?
戦国武将《将軍/徳川家康》コットンミニタオル☆レキジョ御用達通販☆

 現代では家康の死因は胃癌ではないかと言われており、天ぷらを食い過ぎた事が原因で、即座に胃癌になるという事はありえませんので、自覚症状がなく進行していた胃癌が、天ぷらを食った事で表面化したと考えるのが妥当でしょう。

 『覇王の家』の記述に依れば、晩年家康は
「最近食欲がないから、何かウマ━━(゜Д゜)━━!!!な料理はないか? ( ̄~ ̄)」
と出入りの御用商人・茶屋四郎次郎(ちゃや しろう じろう)に尋ねたところ、
「今、都(京都)界隈でトレンドな料理に〝天ぷら〟という料理があります ( ´∀`)ノ」
と言って家康に勧めたところ、家康は興味を示して
「ソレを作れ (・∀・)b」
となったわけです。


茶屋四郎次郎というのは、京都の呉服商人だったが豊臣秀吉が天下を制していた頃から、徳川家に出入りして商人特有の顔の広さで、様々な情報を家康に伝えるなど家康の天下盗りに貢献した為、御用商人として重用された。このクラスの豪商だと大名同士の茶会や会食といった接待も担当する事が多いために調理のテクもプロ級だったらしい(画像はイメージ…というか茶屋四郎次郎はフリー画像はもちろん、著作権付きの肖像画すら見つからなかった)。
Japanese merchant
Japanese merchant / National Library NZ on The Commons


 料理には茶屋四郎次郎自ら包丁を握って調理したと言われていまして、鯛の天ぷらを揚げたのですが、家康はそれを
〝ウマ━━(゜Д゜)━━!!!〟
と普段より旺盛な食欲で平らげたそうですが、その晩家康は腹痛で悶絶し、この時から体力が急激に弱まって寝たきりなって、結局それが元で死んでしまった事から、
〝徳川家康の死因は天ぷらの食い過ぎ…_φ(・・ )b〟
という説になりました。

 とはいえ、家康は天ぷらを食い過ぎた直後に即死したわけではありませんので、前述の様にすでに何らかの内臓疾患…油モノに拒否反応を示す点からも胃癌に罹っていたと思われ、天ぷらは胃がんが自覚症状を表すきっかけだったと考えた方がいいでしょう。


司馬遼太郎・著『覇王の家(上・下)』。徳川家康の半生…というと山岡壮八の『徳川家康』みたいにちょ~長くなるので、家康の生い立ちや人生のターニングポイントに絞ると共に、家康を支えた〝三河武士〟の生き様を描いた小説。家康の〝人間としての死に様〟も見事に描かれている。
覇王の家〈上〉 (新潮文庫) 覇王の家〈下〉 (新潮文庫)

 ただ、このエピソードのポイントは、
〝江戸時代初期、関東・中部地方では、まだ天ぷらは一般的な料理ではなかった…_φ(・・ )b〟
という点です。

 家康が天ぷらに当たってしまった頃、彼はすでに将軍を引退して駿府(今の静岡県)に引っ込み、二代将軍・秀忠を影から操っていたわけですが、〝支配階級〟であった家康にとっても、天ぷらは〝珍しい料理〟だったという事になります。
=続く=


↓ 江戸時代初期、駿府や江戸ではまだ〝魚を油で揚げる〟という調理法は一般的ではなかったらしい(画像はイメージ)。
Kisu (white fish)
Kisu (white fish) / cchen


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No title

勉強になりました!


・・・てんぷら食べたくなりました

Re: No title

wacyu様

天ぷらを食べる上で、知っていた所で何の役にも立たない無駄知識は、
まだありますので、暇潰しにまたのお出でをお持ちしています。
(・∀・)ランキング(・∀・)
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