出会い ゾビラックス軟膏 E!チャット管理人 X-ふぁいる  V(-\-)V的日本史:GENJI!!Ⅰ【9】

V(-\-)V的日本史:GENJI!!Ⅰ【9】

 さて、この時点で義朝が殺され、平家が都で日本の支配権を握ってから20年ほどの歳月が流れています。
 世の人々にとっては源氏など
〝そんなヤツもいたなぁ~・・・( ̄~ ̄)〟

程度の認識になっています。

 かといってその時代の人々が、平家の支配の下で幸せに暮らしていたわけでもありません。一つの一族がこれほどの権力を一手に握ったことは、平安時代以前の日本史にはありませんでした。

 その昔、日本に統一国家を作ったのは、朝廷のドンである天皇家ですが、日本が未開発だった頃の話ですし、朝廷が地方の土着民たちを征服して、本当に日本のほぼ全土を統一し終わる頃には朝廷は〝天皇家〟だけの独占政府ではなく、家臣一族も発言権を持つ権力構造になっていました。

↓ この有名なセリフを抜かしたのは平清盛ではない。
ミニうちわ「平清盛」

 ところがこの頃の平家は、
〝平家に非ずんば人にあらず(by 大納言・平時忠)〟
と有頂天なおバカ発言を公言するほど朝廷の重要ポストを独占し、まさにひとつの一族が日本という国を私物化していた状態
だったのです。

 こんな支配者にいつまでも素直に従う者はいるはずもなく、不満分子がボツボツ現れはじめますが、一番有名なものは『鹿ケ谷の陰謀』と呼ばれる政治事件です。
 その事件の概要は増長している平家に対し、上皇に仕える武士集団(通称〝北面の武士〟)や、平家のお陰で冷や飯を食わされた貴族が、京都東山にある鹿ヶ谷の俊寛(しゅんかん 真言宗の坊主)の山荘で平家討伐の密議をしました。
 しかし身内の密告によって、事前に計画が平家に漏れてしまい、関係者は一網打尽にされてしまいます。

↓手塚治虫の名作漫画『火の鳥』この『乱世編』に〝鹿ケ谷の陰謀〟が判りやすく描かれている。
火の鳥 (7) (角川文庫)

 この陰謀の首謀者は後白河法皇だったという説もありました…というより、かなりの確率で〝真の首謀者〟は後白河法皇だったと思われます。
 ただ、流石に日本を事実上支配している平家でも、引退したとはいえ天皇経験者(?)に直接手を出す事は出来なかったようで、反乱の実働部隊である連中を徹底的につぶす事で、後白河法皇の動きを封じたわけです。

 そして、最終的に後白河法皇は捕縛されなかったものの、一時的に幽閉されてしまい、今まで続けてきた院政を停止させられるハメになります。
 巨大な権力をもち、傍若無人に振舞う平家に対抗しようとする者が出始める中、大部分の人々はまだ平家を恐れ、ひたすら平家の機嫌を伺い汲々とした暮らしを続けていましたが、その心の中では遥かな昔、平家とタメを張って敗れた源氏が再び盛り返す事を夢見ていたのです。


厚顔無恥なオリジナル画像005

 しかし現実はそう甘くなく、源氏宗家を継いだ頼朝は命こそ助かったものの、伊豆のド田舎でお経三昧の日々を送っている、という事は前述しました。
 ただ、それはあくまで〝表向き〟の話で、内心は打倒平家に燃えていたという事も前述しましたが、頼朝の神仏好きは単に平家に対するポーズだったわけでもなく、彼自身がもともと信心深かったようで、頼朝は日本史上屈指の〝政治家〟であった半面、しばしば宗教的な理由で行動基準を決めたりしていました。

 だんだん世間に不穏な空気が流れ始めたこの頃、〝有頂天・平家〟が気分次第で逮捕し、京都から伊豆に流されてきた流人たちが頼朝の元に集まり始めていました。
 ただ頼朝の方は、まだ平家が絶大な権力を保っている事を十分に承知していましたので、表立って徒党を組む事は控えていたようです。
=続く=

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