出会い ゾビラックス軟膏 E!チャット管理人 X-ふぁいる  V(-¥-)V的日本史:逆襲のマッカーサー①【15】

V(-¥-)V的日本史:逆襲のマッカーサー①【15】

 しかし、航空隊の出撃遅延は大日本帝國軍にとって結果的に〝ラッキーな結末〟を生む事になります。
 12月8日朝、フィリピンのUSAFFE本部には、すでに真珠湾攻撃の情報がもたらされていました。


↓ M作戦発動時、すでに真珠湾攻撃は行われており、フィリピンのUSAFFE本部にもその情報はもたらされていた。
PEARL HARBOR ATTACK
PEARL HARBOR ATTACK / escapedtowisconsin


 USAFFEの航空隊を指揮していたブレリトン少将は、すぐさま自慢のB-17を主力にした爆撃部隊で、台湾にある大日本帝國軍の軍事空港を攻撃するよう具申しましたが、マッカーサーをはじめとする上層部はこの提案を却下します。
 というのもマッカーサーたちは日本軍がフィリピン諸島へ本気で侵攻してくるかどうか、正確な情報を掴んでいなかったからです。


↓ 当時USAFFEで航空隊を指揮していたルイス・H・ブレリトン(Lewis Hyde Brereton)少将。ブレリトン少将は日米開戦の情報を聞くと大日本帝國の航空基地がある台湾空爆を上層部に進言したが却下された。
Lewis Hyde Brereton
画像参照-Wikipedia(英語版)-『Lewis Hyde Brereton』

 とはいえ万が一、大日本帝國軍の爆撃機が攻撃してきた場合の事を考えて、USAFFE空軍は朝から主力戦闘部隊を発進させ、空港周辺の警戒飛行をしていました。
 8日の朝に台湾上空が濃霧に包まれず、予定通り大日本帝國軍の航空隊が発進していれば、フィリピン上空での派手な航空戦が行われたかもしれませんが、遅延して出撃した大日本帝國軍の航空隊は午前中にはフィリピンの上空には現れませんでした。


↓ 攻撃許可は出なかったが、大日本帝國からの空爆を予測して、USAFFE所属の航空機は朝から空港上空を旋回し、万が一大日本帝国が襲来してきた時には、そのまま空戦が始められるように警戒飛行を続けていた(画像はイメージ)。
B-17
B-17 / Phanatic


 そんな〝裏事情〟を全く知らないUSAFFE空軍は正午を回った時点で、給油のために飛行中の部隊を次々と着陸させましたが、大日本帝國軍の航空隊がフィリピン上空に辿り付いたのは、まさにこの時だったのです。
 大日本帝國軍のパイロットはある意味目を疑った事でしょう。
 飛行機と言うのは飛んでいるからこそ、その性能を発揮できるのであって、地上に駐機中の飛行機なんぞ〝陸に上がったカッパ〟です。


↓ 航空機の燃料は無限ではないので、午前中一杯警戒飛行を続けた米軍機は給油のために次々と着陸した。濃霧のために出撃が遅れた大日本帝國軍爆撃機がUSAFFEの空港に辿り着いたのは、まさにその時だった(画像はイメージ)。
AirExpo 2010 - B-17 Flying Fortress
AirExpo 2010 - B-17 Flying Fortress "Yankee Lady" / pmarkham


 しかもアメリカ軍機は給油が終了後、すぐに警戒飛行を続ける気でいましたので格納庫にも入らず、滑走路や誘導路にズラリと並んでいたのでした。
 B-17をはじめUSAFFE空軍の主力航空機は、何の抵抗も出来ずに上空から雨あられの爆撃を受けて、地上であっさり撃破されてしまったのです。


↓ 〝陸に上がった河童〟状態のUSAFFE所属の軍用機は、大日本帝國の爆撃に晒され、あっという間に壊滅的な打撃を受けた(画像はイメージ)。
Davis Monthan Air Show
Davis Monthan Air Show / xoque


 アメリカ側の主な被害は、B-17が18機P-40は53機(カーチスの愛称を持つ戦闘機、尚「P」とは〝Pursuiter〟の頭文字で「追撃機」の事。一般的に戦闘機というと〝fighter〟の頭文字をとった「F-○○」というイメージがあるが、戦闘機が「F」を冠する呼称になったのは、アメリカの陸軍航空隊が正式に空軍として独立してから) 、P-35は3機(愛称はセバスキー)、その他25ないし30機の機体が完全に破壊されました。

↓ P-40カーチスと・・・
P-40 Warhawk taking off
P-40 Warhawk taking off / mbo_agasi

↓ P-35セバスキー。太平洋戦争開戦当時のアメリカ軍の戦闘機といえば、この程度でスタイルも性能もゼロ戦には遠く及ばないモノだった。
Seversky : P-35
Seversky : P-35 / San Diego Air & Space Museum Archives


 さらに中破・小破した航空機は数知れず、USAFFE空軍は開戦初日で一瞬のうちに航空戦力の過半数を失ってしまいました。
 それに対して大日本帝國航空隊の被害は、陸攻機を1機失っただけで、ほぼ無傷といえる状態でしたが、これは別に激しいバトルの末の結果ではなく、今まで能書きを垂れてきたように〝留まっている飛行機〟を攻撃した結果に過ぎません。


↓マッカーサー率いるUSAFFEは、 開戦初日に作戦行動可能な航空機のほとんどを失うという手痛い打撃を受け、フィリピン上空の制空権を完全に失ってしまった(画像はイメージ…ってこれは真珠湾の空爆風景)。
Pearl Harbor 7 Dec 1941 (U.S. Navy) 12
Pearl Harbor 7 Dec 1941 (U.S. Navy) 12 / AN HONORABLE GERMAN


 USAFFE空軍は主力を二つの飛行場(クラーク基地とイバ基地、ともにフィリピンの首都もあるルソン島にある)に分けていましたが、この二つの飛行場は上記のように給油中に攻撃を受けるという、全く同じパターンでやられてちゃっています。
=続く=

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