出会い ゾビラックス軟膏 E!チャット管理人 X-ふぁいる  V(-¥-)V的日本史:逆襲のマッカーサー1①【2】

V(-¥-)V的日本史:逆襲のマッカーサー1①【2】

 とはいえ、出世が早いと言うのはいい事ばかりではなく、ピラミッド型の組織の典型である軍隊では出世にも限界があります。
 マッカーサーは、若くして陸軍内ではほぼ最高位の参謀総長になってしまった為、逆に〝最早簡単には上にいけない〟というジレンマに陥ってしまったのでした。


↓ 司令官クラスのポストは数そのものが少ない上に、じ~さん将校が居座るのでなかなか空きが出ない。ピラミッド構造の階級社会では、あんまり若いうちに出世し過ぎると頂点の手前で足踏み状態になってしまう(画像はイメージ)。
VETERANS DAY CEREMONY 2009 - US ARMY AFRICA - 091110 (04)
VETERANS DAY CEREMONY 2009 - US ARMY AFRICA - 091110 (04) / US Army Africa


 さらにマッカーサーは当事不況対策として軍事予算を削りまくっていた、フランクリン・D・ルーズベルト大統領を痛烈に批判した事で大統領の怒りを買い、だんだん国内に居辛くなっていきます。
 そして陸軍参謀総長を5年務めた後退任して、マッカーサーはアメリカ本国を去り、当事植民地だったフィリピンへ渡り、フィリピン国軍の軍事顧問に就任しました。

 父のアーサー・マッカーサーが初代の軍政総督を勤めたことは前述しましたが、マッカーサー自身も士官学校卒業直後、工兵隊少尉としてフィリピンに勤務した経歴がありまして、マッカーサーにとってフィリピンは〝第2の故郷〟ともいえる国だったのです。


↓ フランクリン・D・ルーズベルト大統領。マッカーサーは軍事予算を削減したルーズベルトをボロクソに非難した為、ルーズベルトに嫌われてしまった。そのためマッカーサーはアメリカ国内には居づらくなり、当時アメリカの植民地だったフィリピンへ旅立った。ちなみにルーズベルト一族とマッカーサー一族は遠縁だが親戚関係にあるらしい・・・
Franklin D. Roosevelt
Franklin D. Roosevelt / sfjalar


 現在フィリピンは東南アジア諸国の中でも、あまり〝豊かな国〟とはいえないのですが、当事…つまり2ndWar開戦前夜の頃のフィリピンは、植民地でありながら宗主国であったアメリカから多くの援助を受けていまして、その生活水準は相当高いもので、当時のアジアでもトップクラスでした。
 そして、スペインからの独立運動のドサクサの中で、アメリカがフィリピンを植民地化してしまったのですが、その後もフィリピン国民は自治を求め続け、ついに
「1944年に独立させちゃる d( ‐`д‐´)」
という約束をアメリカから取り付けました。


↓ 現在東南アジアの中ではイマイチなフィリピンだが、アメリカの植民地時代は宗主国のアメリカの支援を受け、アジアの中でもトップクラスの生活水準を持っていた。
るるぶフィリピン セブ島・マニラ (るるぶ情報版海外)

 これは単なる口約束でなく、〝タイディングス・マクダフィー法〟と呼ばれる法案としてアメリカ議会を1934年に通過しています。

 アメリカがフィリピンの独立を認めたのには幾つかの理由がありまして、もともとアメリカ合衆国という国そのものが〝もと植民地〟でしたので、国民感情として国が国を支配する植民地という政策を好まなかったようで、度重なるフィリピン国民の独立運動に纏わる反乱や事件に、理解を示したという感情的な動機がありました。


↓ 1899年フィリピンで起きた暴動を鎮圧するアメリカ軍のイラスト。もともとアメリカは、スペインの植民地支配から独立しようとしていたフィリピンを助けるフリをしてスペインを追い出し、そのまま植民地化してしまったという経緯があった。だからフィリピン国民からすれば、インフラや教育など様々な支援をしてくれたアメリカに良い感情を持たない連中が結構居て反乱を繰り返した為、アメリカはフィリピンの独立を認めた。
フィリピンのアメリカの軍隊サンフェルナンド Fripp 1899

 また、当時ぼっ発した世界的な不況(世界恐慌というヤツ)の中、太平洋を隔てた遠すぎる植民地を宗主国の義務として防衛しなければないのは、当事のアメリカの経済事情としては〝正直しんどい話〟でした(念の為に両国の位置関係を説明しておくと、アメリカはご存知通り北アメリカ大陸のど真ん中。フィリピンは日本の南で、沖縄諸島→台湾→フィリピンという感じになり、アメリカから見ればフィリピンは〝太平洋の果て〟にある)。

↓ 日本とフィリピンの位置関係がわかりやすい画像。日本列島は説明するまでもないが、画像下部の島国がフィリピン(Philippines)。首都マニラ(Manila)があるルソン島(Luzon)とレイテ島(Leyte)は、このネタの舞台になるので覚えておこう。
The Pacific, 1941.
The Pacific, 1941. / WireLizard


 そんなわけで独立を認められ、ルンルン気分で独立準備政府(コモンウェルス)を発足させたフィリピンの政治家たちは、陸軍の出世街道に陰りが見えた上、ルーズベルト大統領と犬猿の仲になって〝煮え煮え状態〟のマッカーサーに、フィリピン国軍設立の為に〝軍事顧問〟になってほしいというオファーをしました。

 フィリピンが太平洋戦争に巻き込まれなければ、初代フィリピン大統領になる予定だったマニュエル・ケソンとマッカーサーは友人同士で、マッカーサーへの軍事顧問依頼は、ケソン個人から直接マッカーサーに伝えられたそうです。
=続く=

【このネタを初めから読む】

↓ マニュエル・ケソンの肖像。勿論壁に掛かっているじ~さんの写真の方。フォーカスの合っていないメガネのおやぢは無関係。
Osmena Museum (Cebu City)
Osmena Museum (Cebu City) / ~MVI~


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