出会い ゾビラックス軟膏 E!チャット管理人 X-ふぁいる  V(-\-)V的日本史:GENJI!!Ⅲ【2】

V(-\-)V的日本史:GENJI!!Ⅲ【2】

 本来なら都のしきたりに比較的堪能で、こんな局面に義仲を補佐しなければならないのは叔父の新宮行家なんですが、このおやぢも権力を我が手中に収めようとやる気満々で、戦の才能が全く無い代わりに得意の権謀で義仲を出し抜いてやろうと思っており、都慣れしていない義仲の無作法をわざと黙認して公家連中の評判を落とそうとしていました。

↓ 行家は義仲に宮中の作法をほとんど教えなかった。有名なのは当時貴族の乗り物だった「牛車」の乗り方で、牛車は後ろから乗って前から降りる、ところが義仲は乗った所から降りた(つまり後ろから乗って後ろから降りた)。乗り物の乗り降りなんぞ個人の自由なのだが、そんな義仲の〝奇行〟は平安貴族の笑いモノになった。
Aoi Matsuri - Gissha (牛車)
Aoi Matsuri - Gissha (牛車) / MShades


 平家の企みを事前に見抜き、己の身一つで逃亡出来るほどしたたかな男、後白河法皇は義仲と行家の仲が、必ずしも良好なモノでない事を最初の対面のときに見抜き、源氏を朝廷に上手く取り込むべく様々な手を打ち始めます。
 まずは二人に京都内に逗留するときの宿を指定しましたが、義仲には大きいものの御所からちょっち離れた場所を、そして行家には法皇御所の隣にある屋敷を与えました。

 そして、何かにつけて行家を呼びつけては、話し相手や暇つぶしの双六の相手をさせましたが、これは行家だけをひいきする事で義仲との仲をさ悪くさせよう…という意味ではなく、都人から見ると野獣のような得体の知れない義仲よりも、多少都のしきたりを知っている行家の方が接触しやすく思っただけのことです。
 そしてこの欲の皮の突っ張った行家おやぢを朝廷側に引きずり込む事で、源氏勢力を手なづけていこうと後白河法皇は考えました。


↓ 京都御所。当時も京都は首都であり、御所をはじめ貴族の館などムダに大きい屋敷や寺社が多かった。平家が撤退した後は無人になった屋敷も多く、それらの建物に義仲や行家は住み始めた。
R0013097 京都御所 月華門
R0013097 京都御所 月華門 / misijp


 そんなわけで後白河法皇率いる朝廷勢力は基本的には木曽義仲を平家に続く権力者として認めつつありましたが、一つの大きな問題が持ち上がっていました。
 それは義仲&行家と共に京になだれ込んできた木曽軍の略奪行為があまりにひどい事 だったのです。

 木曽軍の狼藉のひどさは日本史史上空前の凄まじさであり、そしてその悪行は伝説となって、これ以後織田信長など京都に兵を入れる武将が、朝廷から受ける注意事項には、
〝兵卒の市中における狼藉をさせるな (-_-;)b〟
という項目が、いの一番に言い渡されたわけです。


↓ 信長のコスプレ…ってか何かの歴史イベントだと思う。信長が京都へ上洛した際に、まず朝廷の使者が注意した事は「兵が市中で狼藉しないように取り締まってちょ ('A`)」であり、木曽軍の行った大略奪は伝説として語り継がれていた。もっとも信長はもともと部下の秩序に関しては非常に厳しく不正や怠慢を見つけると、即無礼討ちにすような男だったので、朝廷に言われなくても織田軍が京都で狼藉を働く者はなかった。
Samurai performance
Samurai performance / ka_tate


 この木曽兵の狼藉の原因の一つは、数万まで膨れ上がった木曽兵が基本的に寄せ集めに過ぎないという事でした。
 〝Ⅱ〟で書いたように平家の追討軍を倶利伽羅峠で打ち破った義仲は、さらに平家を追撃する為に京へ進軍する傍ら、戦力増強のために大規模な寡兵をします。
 その寡兵に応じて集まってきた連中の中にはまともな豪族ヂモッティもいましたが、大部分は平家時代に虐げられてきた食い詰めモノだったり、あるいは本物の夜盗団だったりしました。

 その結果、占領軍の看板しょった強盗が万単位の規模で京都になだれ込んで来たようなモノで、木曽兵たちは民家に押し入っては金目のモノや食料を奪い取り、娘と見ればレイープし、まさに悪の限りを尽くし、当然町は大混乱に陥りました。
 そんな無政府状態に陥ってしまった都の現状に頭を痛めた朝廷は、大将である義仲に兵卒たちの狼藉をやめさせるように厳命しましたが、義仲はテキパキとは対応しませんでした


↓ 木曽軍に参加した兵の中には食い詰めたゴロツキや本物の夜盗も多数紛れ込んでおり、狼藉の限りを尽くした。画像は荒廃した京都を舞台にした小説『羅生門』の海外版(ほとんどエロ小説の表紙だ)。
Rashomon
Rashomon / j/k_lolz


 というのも、義仲は都へ遠征する時に急遽寡兵した兵たちには
「都へ行けば、金も女も好きにして(・∀・)イイ!!」
略奪行為を〝褒美〟として約束していたのです。
 ですから今になって
「行儀良くしろ! ゴラァ!!(゜Д゜#)」
と言いづらいのでした。

 その上、義仲軍は都に駐屯する際の兵糧米を一切準備してこなかったのです。
 従って義仲も行家も部下たちが町中から奪ってきた米を食って生活しており、そういう意味でも部下たちに向って略奪をすぐ止めろとは言えなかったのでした。
=続く=

【このネタを初めから読む】

↓ 兵糧を一切持ってこなかった木曽軍は京都駐屯中、三度の食事は全て市中から強奪してきたモノを食っていたらしい(画像はイメージ)。ただ、当時の武将は地元での小競り合いが合戦であり、遠征して兵糧を運んだり管理する〝兵站(へいたん)〟という発想自体が無かったので、義仲だけが特別無計画だったわけではない。
DSCF0244
DSCF0244 / tokyofoodcast


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