出会い ゾビラックス軟膏 E!チャット管理人 X-ふぁいる  V(-\-)V的日本史:GENJI!!Ⅱ【21】

V(-\-)V的日本史:GENJI!!Ⅱ【21】

 この義仲の意外な決断に、頼朝は木曽勢の弱気を見出しました。つまり義仲は鎌倉と正面きって戦った場合、勝つ自信がないという事です。

 実際の所、義仲が息子の義高を人質に差し出す事を決めた時、周囲の者は皆反対しました。
 しかし義仲は
「今頼朝と戦ったら負けるのはワシの方サ ┐('~`;)┌」
と笑って言います。


↓ 息子を人質に差し出すという義仲の意外な行動に、頼朝は義仲の〝弱気〟を感じた(画像はイメージ)。

Photo by Ningyoboy's Closet

 義仲が行家おやぢを鎌倉に送った場合、今回の諍いは一応決着しますが、木曽と鎌倉の緊張関係は解かれません
 いつまた頼朝が難癖をつけて戦を仕掛けてこないとも限らないわけです。そうなれば今度は鎌倉と決戦せざるをえません。
 喧嘩上手の義仲は自分と頼朝の勢力を冷静に分析しており鎌倉には勝てないと判断していたのです。


↓ 義仲は驕ることなく、自分と頼朝の実力、そして平家とのパワーバランスを見極め、現時点では頼朝に勝てないと判断していた(画像はイメージ)。

Photo by matsuyuki

 それでも人質を出すことに反対する部下を説得する為、義仲はさらに、
「今ここで鎌倉と戦えば、すぐに負ける事はないだろう。しかしわれらの背後には平家がおる。もし頼朝と不毛な戦いを続ければ、平家が我らを攻めてくるに違いない。その時戦場はこの木曽の地になり、その方らの家族が命を落とすことになるかもしれん。ワシはその方ら家族を守る為にも、今頼朝と戦うわけにはいかんのぢゃ、その為に息子を鎌倉へ差し出すのぢゃ d( ・`д・´)」
と言い聞かせました。

 この話が木曽軍全体に伝わると部下だけでなく、その家族の安全をも考える義仲の慈悲深さに、家臣やその家族は感激し、木曽勢の団結力は一層固まりました。


↓ 木曽を焦土しないために息子を人質に出した義仲の本心を聞いて家臣やその家族たちは感激した(画像はイメージ)。

Photo by matsuyuki

 その頃、義仲の予想通り平家は尾張で行家おやぢをボコった勢いをかって、さらに大部隊を編成し木曽討伐を開始したのです。
 この時平家が頼朝をターゲットにしなかったのは、鎌倉よりも地理的に京都に近い木曽を先に叩き潰そうと考えたからでした。


↓ 尾張で行家おやぢをボコボコにした平家は勢いに乗って、今度は義仲を討つべく、信濃・北陸へ出撃した。
平家 (1) (角川文庫)

 琵琶湖の北側に本体を集結させた平家軍は北陸方面(今の福井・石川県あたり)から義仲の勢力圏に進攻し加賀、能登と次々と迎え撃つ木曽兵を撃破していきます。
 義仲の運命は風前の灯火かと思われましたが、そこは喧嘩の天才・義仲でした。

 数の上で木曽軍を遥かに上回る平家軍を、峻険で大軍が思うように展開できない地形の倶利伽羅峠(くりからとうげ。石川県と富山県の県境あたりにある)におびき寄せて、夜襲をかけたのでした。
=続く=

【このネタを初めから読む】

↓ 全然〝峻険な峠〟には見えない『道の駅倶利伽羅』。実はホントの倶利伽羅峠には車道はない。ココはその近くにある。
道の駅倶利伽羅 源平の郷
画像参照-Wikipedia-『道の駅倶利伽羅 源平の郷』

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