出会い ゾビラックス軟膏 E!チャット管理人 X-ふぁいる  V(-\-)V的日本史:GENJI!!Ⅱ【3】

V(-\-)V的日本史:GENJI!!Ⅱ【3】

 行家が目をつけた皇族の名は以仁王(もちひとおう)といって、後白河法皇の第2子にあたり、当事の天皇である高倉天皇(コイツは後白河法皇の第7子)とは兄弟に当たります。
 高倉天皇の兄にあたる〝もっち~〟こと以仁王は(ってそんな呼び方するんかい)、本来天皇の親族として親王宣下(しんのうせんげ)を受けて親王の資格を得られるんですが、彼は平家と血縁関係が無いせいで、親王宣下は得られず30歳になっても今だ只の〝王〟でした。


↓ V(-\-)Vが〝もっち~〟呼ばわりする以仁王。
以仁王
画像参照-Wikipedia-『以仁王』

 その上、この頃高倉天皇と徳子の間に男子(後の安徳天皇)が産まれ、皇室の完全支配を目論む平家の首領・清盛は、自分の孫に当たるこの赤子を天皇に据えようと考えています。
 そんな清盛の思惑が実現すると、もっち~の将来は良くて〝氏〟を賜って皇族を離れるのがせいぜいで、最悪の事態を考えると、なまじ王位継承権を持ってるせいで暗殺されかねない…という状況でした。

 この不遇の皇子・もっち~と頼政は、平家マンセーのご時世に肩身の狭いもの同士(というわけでもなく、単に趣味が一緒だっただけかもしれないが)とっても仲良しです。
 これらの人間関係に目をつけてプッシュした辺り、行家の謀略家としての才能は大したもので(といっても後述するがこの才能を台無しにする欠点が行家にはある)、頼政の伝手で以仁王に会った行家は、得意の弁舌でもっち~も乗せてしまい、ついに隠密裏に平家追討の令旨をもっち~から引き出す事に成功したのでした。


↓ 王位継承に纏わる悲劇『ハムレット』洋の東西を問わず、王位継承は諍いや争いのタネになる。
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 もっち~から密かに下された令旨を胸に、行家はさっそく全国に息を潜めている源氏や反平家分子を焚きつけるため、京都を旅立ちました。
 行き先はもともと平家の勢力地盤である西日本は避け、〝武門の源氏〟を育んだ関東地方を目指し、まずは源氏の頭領・頼朝のところを訪れます。

 その頃の頼朝は政子は結婚し、北条家の当主・時政も頼朝を娘婿として受け入れ、北条家に入り込む事に成功していました。
 時政が伊東祐親のように、頼朝を排除し殺そうとしなかったのは、大番で都で清盛率いる平家の横暴を見て現政権のヤバさを嗅ぎ取ったのか、それともよほど長女の政子が可愛くて逆らえなかったのか・・・かどうか、本音の所はよくわかりません。


↓ 行家が伊豆の頼朝の元を訪れた時、頼朝は北條家に婿入りして北條屋敷に居た。伊豆…というと海辺を想像してしまうが、この頃の北条館は山間の狩野川沿いにあった(現在・伊豆の国市に史跡がある)

Photo by merec0

しかし北条氏は前述した通り、ヂモッティとして北条姓を名乗っているものの、家系から言えば堂々と平姓も名乗れる正統バリバリの平家です。
 そんな北条家がこれまたバリバリ正統の源氏の頭領を受け入れたのというのは、やはりヂモッティにとって平家支配というのは我慢のならないモノであり次の時勢への先行投資と判断したのかもしれません。


↓ 頼朝の後ろ盾となった北条家からの視点で鎌倉時代をみた本。扉絵は北条時政…だと思う。
北条時政と北条政子―「鎌倉」の時代を担った父と娘 (日本史リブレット 人)

 頼朝は頼朝で、まんまと北条家に入り込んだとはいえ、あまりデカイ顔はせずに舅の時政に気を使いつつ、それでも舐められない様、微妙な綱渡りのような態度で自分の地位を固めつつあります。
 策士・新宮十郎行家が頼朝を訪ねたのはそんな時期でした。
=続く=

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