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天ぷらが好き!【完結篇】

 次に天ぷらを揚げる油ですが、天ぷら粉のような天ぷら専用油というモノは無いようです。

〝天ぷら専用揚げ油〟というモノはV(-¥-)Vが調べた限り実在していないが、揚げ上がりの色や香りは油で左右されるので、好みに合わせて油をチョイスするのがポイント。
First Tempura 003
First Tempura 003 / raichovak


 というのも天ぷらの揚げ上がりは地域によって好みが違うようで元来の
〝こんがりと黄色い色のついた江戸天ぷら (*´ω`)〟
が好みであれば、ごま油とか綿実油(めんじつゆ)といった香りや色の濃い油で揚げますし、ちょっと高級感のある
〝白っぽい衣の関西風天ぷら ヽ(´∀`)ノ〟
であれば、オリーブオイルやサラダ油のような、クセのない油を使った方がいいでしょう。

 またプロの天ぷら職人はそれらの油を独自にブレンドして、店ごとの特徴を出していますから、
〝プロ並の味と香り ( ̄^ ̄)9〟
に拘りたい方は、油のブレンドに挑戦してみるといいかもしれません。


↓ プロの天ぷら職人は、〝自分の味〟を出すために様々な油をブレンドして使っているらしい。
Tempura Station
Tempura Station / chazzvid


 そしてウマ━━(゚Д゚)━━!!!な天ぷらを揚げる時の最大のポイント
〝油の温度管理 d( ・`д・´)〟
に尽きます。

 天ぷらを揚げる時の適正な温度というのは、一般的に
〝160~180℃…_φ(・・ )b〟
だと言われていますが、大葉とかアスパラガスといった緑を残したい野菜を揚げる時は低温で、エビや魚介類は高温で揚げるのが基本です。


↓ 大葉の様な緑を残したい天ぷらは低温で揚げる…ちなみに野菜の天ぷらは〝精進揚げ〟といって天ぷら扱いしないしない場合もある。
Tempura mulberry leaves with honey
Tempura mulberry leaves with honey / benklocek


 最近は温度調節機能のついた電気フライヤーが手頃な値段でありますので、温度管理もそれほど難しくなくウマ━━(゚Д゚)━━!!!な天ぷらを揚げられると思いますが、気をつけるポイントは設定した温度をキープして調理する事ですので、
〝一度に沢山の天ぷらダネを投入して油の温度を下げてはいけない
という事に気をつけましょう。


↓ 近頃は電熱式で温度調節が可能な〝卓上天ぷら鍋〟があるが、一度に沢山のタネを放り込んでしまうと、いくら調節機能が付いていても油の温度は下がってしまうので、ひとつかふたつずつ地道に揚げよう。ちなみに天ぷらの場合、〝新しい油よりも2度目の油を使った方がウマ━━(゚Д゚)━━!!!〟らしい。
山善(YAMAZEN) 電気フライヤー 揚げ物の達人 YDF-1250(W)

 ただ、天ぷらを調理する場合、天ぷら粉も油も結構大量に使いますので、
〝一人や二人の家庭で作るのは不経済 ┐('~`;)┌〟
ですので、一人暮らしの方がどうしても揚げ立ての天ぷらが食べたい場合は外食するか、惣菜の天ぷらにキッチンシートを敷いて電子レンジでチンした方が良いかもしれません。


↓ さらに最近はこんなコンパクトな卓上天ぷら鍋もある様だが調理中、部屋に立ち込める油の匂いや鍋から飛び散る油の飛沫、あるいは調理後に余った衣や調理後の油の処理を考えると、天ぷらというのは結構面倒な料理なので、V(-¥-)V的にはあまりオススメ出来ない。
プレステージ 温度調節機能付 電気天ぷら鍋 MTN-654P

 そんな天ぷらのウマ━━(゚Д゚)━━!!!な食べ方ですが、基本はやはり揚げ立て大根おろしをタップリいれた天つゆを浸けて食べるのが一番ですが、エビやイカの場合は、素材の甘みを味わう為に天つゆではなく塩をちょっと振りかけて食べるのもウマ━━(゚Д゚)━━!!!です。

↓ 天ぷらの基本はタップリの大根おろしが入った天つゆをつけて…
Tempura
Tempura / luckypines

↓ エビやイカは天つゆより、塩をちょっと付けて食べるとウマ━━(゚Д゚)━━!!!
tempura
tempura / nyaa_birdies_perch


 また、天ぷらをコースで楽しむ場合、最後の〆で出てくるのは、貝柱や野菜を固めてあげる〝かき揚げ〟ですが、コレはそのまま食べるのも良し、かき揚げ丼や、だし汁をかけた
〝かき揚げ茶漬け ( ̄- ̄ )〟
もウマ━━(゚Д゚)━━!!!でしょう。

ちなみに
「天ぷらの醍醐味はサクサクの食感ぢゃ! ヾ(`◇´)ノ」
と言って、天丼や天ぷら蕎麦を〝邪道〟という方もいますが、タレや汁を適度に吸った衣のフワフワ感もなかなかウマ━━(゚Д゚)━━!!!で、あくまで各自の〝好みの問題〟になると思います。
 ですから自分が最もウマ━━(゚Д゚)━━!!!と感じる食べ方で食べるのが一番で、自分の好みを人に押し付けるのは〝野暮〟というモノでしょう。


↓ かき揚げ茶漬け。「折角サクサクに揚げあがった天ぷらを、なんで汁につけるねん ('A`)」と仰る方もいるが、まぁ…好みの問題だと思う。
与太呂(よたろ)  かきあげ茶漬け
与太呂(よたろ)  かきあげ茶漬け / yto


 そんなわけで、天ぷらは海外から入ってきた揚げ物料理をさらにウマ━━(゚Д゚)━━!!!にした調理法ですが、どうして人間が〝油モノ〟を好むかと言いますと、
〝油に含まれる成分の中に必須栄養素が含まれているから…_φ(・・ )b〟
という理由があるからで、特に油に含まれる「リノール酸」「リノレン酸」などは必須栄養素であるにも関わらず、人間は体内で生成する事が出来ない為、それらを含んだモノを食事から摂取するしかないわけです。


↓ 人類が〝油モノ〟を追い求めるのは、必須栄養素であるにも係わらず体内では生成出来ない「リノール酸」や「リノレン酸」といった成分を、本能的に食事で摂取しようとするから、天ぷらをはじめとする揚げ物料理が登場する前は、油分を多く含んだ食材を調理して食べていた。油気の無い質素な食事といったイメージのある禅寺で生まれた精進料理も、油分を豊富に含んだゴマを使った「ゴマ豆腐」がある。
ごま豆腐 ペロリン

 揚げ物はそんな必須栄養素を大変効率よく摂取できるんですが、
〝効率が良すぎて肥満に繋がる Σ(゜ロ゜;)〟
という諸刃の剣ですので、くれぐれも食べ過ぎには気をつけましょう。
=完=

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DSCF3382
DSCF3382 / daveyll


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天ぷらが好き!【7】

 江戸で調理テクが確立された〝江戸天ぷら〟全国的に広がったきっかけになったのは、
〝関東大震災 Σ(゜ロ゜;)〟
だったりします。


1923(大正12)年に神奈川県相模湾沖を震源にして発生したM7.9の大地震は首都圏に壊滅的な被害を与えた。この地方には昔から周期的にこうした大地震が発生しており、そろそろ〝次の大地震〟が来る…と言われて数十年経っており、今この瞬間に大地震が起きても不思議ないのに、現在関東圏で暮らしている人々は〝スゴイ度胸〟だ。
図説 関東大震災 (ふくろうの本)

 ここでは関東大震災に関する能書きまで垂れる気はありませんが、地震が首都圏に与えた被害は只事ではなく、地震と直後に発生した火災のせいで
〝東京は焼け野原 ('A`)〟
になってしまい、焼け出された人々の中には、東京での復興を諦めて他の地域に引っ越して行った人も数多くいました。

 そんな〝移住組〟の中には寿司職人や天ぷら職人も居て、
〝江戸前の寿司や天ぷらの技法を全国に広めた ヽ(´∀`)ノ〟
と言われています。


↓ 震災で家も職場も失った天ぷら職人をはじめとする調理人たちは、関東を離れて全国に散っていき、江戸の料理を全国規模へ広げた(画像はイメージ)。
234: Sushihiro
234: Sushihiro / Adrian Purser


 さて、そんな天ぷらは基本的に
〝専門店で食べるのがウマ━━(゚Д゚)━━!!!〟
でしょう。
 確かに家庭でも天ぷらを作る事は可能ですし、惣菜屋でも天ぷらは定番のメニューですが、ホントにウマ━━(゚Д゚)━━!!!な天ぷらという事になると、やはりプロの天ぷら職人には敵いません

 ただそれでも
自宅でウマ━━(゚Д゚)━━!!!な天ぷらを食いたい! (・∀・)9」
と思う方に、少しでもプロの味に近づく調理のポイントを紹介します。


↓ 家庭でプロが揚げる天ぷらに匹敵するウマ━━(゚Д゚)━━!!!な天ぷらを揚げるには?(画像はイメージ)
Serving tempura
Serving tempura / adactio


 ウマ━━(゚Д゚)━━!!!な天ぷらを作る為に、まず肝心な事は、良い素材を選ぶという事は勿論大事な事ですが、
〝衣の作り方…_φ(・・ )b〟
結構重要です。

 天ぷらの衣は薄力粉、そして(全卵、若しくは白卵)を混ぜるわけですが、ここで注意したいのは、
・なるべく低温で作る
・混ぜ過ぎない

という二つのポイントでしょう。


天ぷらダネの質が良いことは当たり前だが、衣の作り方が天ぷらの味を左右する。
Tempura batter
Tempura batter / adactio


 この作業にどういう意味があるかといいますと、
サクサクとした食感を損なう「グルテン(gluten)」の生成を抑える…_φ(・・ )b〟
という効果があります。

 グルテンというのは、麦系穀類(小麦や大麦、あるいはライ麦など)から生成されるタンパク質の一種で、うどんのモッチリした腰はグルテンによるモノだという事は有名でしょう。


グルテン(gluten)。小麦粉の塊を水に溶かしていくと〝水に溶けない何か〟が残る事がある。コレがグルテンで小麦粉に含まれるグリアジングルテニンというタンパク質が結びついて生成される。一般的に売られている小麦粉にはグルテンが精製段階で、成分調整をしてグルテンが精製されにくい「薄力粉」、グルテンが精製されやすい「強力粉」、そしてその中間の性質をもつ「中力粉」に分けて販売されている。
Seperating the gluten
Seperating the gluten / ilovebutter


 うどんの場合は〝腰が命〟ですので、麺を打つ時には少しでもグルテンが生成できる様に工夫しますが、天ぷらの場合は逆に
グルテンを作らないようにするのがポイント (∪_∪)b〟
になるわけで、小麦粉はグルテンが生成されにくい〝薄力粉〟使用し、その薄力粉や卵、そしてそれらを溶く水も
〝冷蔵して極力冷やしておく〟
とグルテンが生成されにくくなります。


↓ うどんのキモはモッチリとした〝腰〟。そんな腰を生み出しているのがグルテンで、うどんを作る場合はグルテンを大量に生成できる「強力粉」をつかって麺を打つ。グルテンをたっぷり含んだ半透明に輝くうどんが最もウマ━━(゚Д゚)━━!!!である。
DSC00649
DSC00649 / Kai Kuchiki


 そして卵と水を1:2~3くらいの割合で混ぜた〝卵水〟と同じくらいの量の薄力粉を混ぜるわけですが、この〝混ぜるという行為〟がグルテンを生成する最大の原因になりますので、
〝ほとんど適当に混ぜて、しつこく混ぜない〟
ようにしましょう。


↓ 衣作りのポイントは、全ての材料を冷やして手早く…ほとんど適当と言ってもいいくらいのサッサとかき混ぜる。しつこく粘りが出るまでかき混ぜてはいけない・・・
JOH_0290
JOH_0290 / star5112


「まだ完全に混ざってなくて、ダマが混じってる ('A`)」
程度で十分であり、あんまりしつこくかき混ぜるとグルテンが多量に生成されてしまい、揚げあがった天ぷらがゴムみたいに
〝ゴワゴワな食感 (-_-;)〟
になってしまうわけです。


味音痴として世界的に有名なイギリス人が好む、イギリスのファーストフード〝フィッシュ・アンド・チップス(fish and chips)〟。魚に衣を着けて揚げたモノとフライドポテトの組合せだが、魚の揚げ物は〝何も考えないで小麦粉をかき混ぜ、タップリとグルテンが精製された衣〟で揚げているので、天ぷらに比べてその食感はゴワゴワで日本人の好みには合わない。家庭で天ぷらを作るとき衣の作り方で失敗すると、そんな〝フィッシュ・アンド・チップスみたいな天ぷら〟が出来てしまう。
Small Fish & Chips
Small Fish & Chips / mastermaq


 もっとも近頃は、そうした事に神経質にならなくても簡単に衣を作れる
〝天ぷら粉 (´∀`)〟
という専用の粉がありますので、そういう商品を使えば初めてでもサクサクな天ぷらが作れるかもしれません。
=続く=

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↓ 最近はこういう便利なモノがあるので、今回書き垂れた能書きは無駄かもしれない…
日清フーズ おいしい天ぷら粉 1kg 日清 コツのいらない天ぷら粉 揚げ上手 500g

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天ぷらが好き!【6】

 天ぷら職人は調理の際、油や素材の匂いを嗅ぎ、衣の色の変化を見極め、油の中で弾ける泡がたてる微妙な音の違いを聞き分けて
〝最高の揚げ加減 d( ・`д・´)〟
で天ぷらを完成させます。


↓ 天ぷら職人は研ぎ澄まされた視覚・聴覚・嗅覚を駆使して、天ぷら鍋の中で揚げ上がっていくタネの変化を探り、最高の状態を見極めて油から取り出す。そんな揚げ上がりタイミングの見極めは素人が一朝一夕で身に付くモノではない
tempura
tempura / Betsssssy


 また、業界用語では
〝華を散らせる…_φ(・・ )b〟
という、衣を足して天ぷらダネを大きく見せる技法(海老天でよく見かける…この方法でエビは実際の具の倍以上のデカさになったりする)など、同じ揚げ料理と言っても欧米諸国のフライや天ぷらの元祖と言われるフィレッテとは、
〝明らかに違う料理 (゚▽゚)〟
へと進化したわけです。


↓ チェーン店系列の和食レストラン辺りだと、よく〝尻尾の割には妙に衣が長い海老天〟が天丼や天ぷら蕎麦に乗って出てくる。実際に食ってみると〝半分以上が衣 ( ̄□ ̄;)!!〟だったなんて事も珍しくない。これは揚げている時に衣を継ぎ足す〝華を散らす〟という調理テクである。まぁ、1000円未満の値段で食えるメニューだった場合、エビをデカく見せる〝騙し〟というより〝サービス〟なので、天ぷらの職人の匠の技に感心しつつ食べよう(画像はイメージ)。
Shrimp Tempura
Shrimp Tempura / rak


 こうした天ぷらの職人芸がいつ頃完成したかは不明ですが、江戸時代も後期になると屋台ではなく
〝店構えの天ぷら専門店 Σ(゜o゜ノ)ノ〟
も出現しました。

 江戸時代に高温の油を多量に扱う天ぷら専門店が、木造住宅の密集地である江戸城下でオープンするのは、防災上好ましくないという理由で禁止されていた事は前述しましたが、この〝天ぷら店舗禁止令〟が解除されたわけではなく、
〝幕府のお触れを無視して営業を始めた連中が増えた Σ(゜ロ゜;)〟
わけで、幕府もそんな天ぷら専門店の営業を黙認するようになった…というのが実情だったようです。


↓ 江戸時代も後期になると、江戸の町には禁じられているはずの〝店舗営業をする天ぷら屋〟が出現し始めたらしい。現代でも買春が違法であってもソープランドで…以下自粛…だったり、個人で酒を作っても大々的に販売しなければ逮捕されないなど、本来違法行為なのに大目に見られているモノは結構あるので、天ぷらの店舗営業も店から火事でも出さない限り、幕府は黙認していたと思われる(画像はイメージ)。
DSCN1769
DSCN1769 / t.ohashi


 また天ぷらの店舗営業が黙認された背景には、すでに店舗営業をしていた蕎麦屋が
〝天麩羅そば〟
メニューに出して営業しており、
「蕎麦屋が店で天ぷら作って出してるんだから、天ぷら専門店を作っても良いぢゃん (・∀・)ノ」
という流れで、なし崩しに天ぷら専門店の出店を認めたのではないかと思われますが、これはV(-¥-)Vの推測であり、幕府が江戸時代後期になって天ぷら専門店の店舗営業を大目に見たホントの理由はわかりません。


↓ 一説によると天ぷら蕎麦の歴史は結構古く、天ぷら屋と蕎麦屋が共に屋台で営業していた時代に、隣り合った天ぷら屋台と蕎麦屋台の両方をはしごした客が天ぷら屋台で買った天ぷらを蕎麦に乗せて食ったらウマ━━(゚Д゚)━━!!!だったらしく、それを目撃した蕎麦屋台のおやぢがメニューにしたらしい(信憑性はイマイチ)。ただ、江戸時代後期には蕎麦屋が店舗営業している中で天ぷらを出していたのは事実らしいし、役人が楯突けないような権力を持った大名や豪商が出入りする高級料亭でも、天ぷらをメニューに出していたので、天ぷらの店舗営業を取り締まりにくかったのではないだろうか?
Soba noodle
Soba noodle / pelican


 そんなわけで屋台のファーストフードとして誕生した天ぷらは店舗営業もはじめた事によって、そこから
〝高級料理化 (◎-◎;)〟
をし始め、専門店や料亭などの花形料理へと進化したわけで、前述したような天ぷらの調理テクは益々磨き上げられていったわけです。


庶民のファーストフードとして誕生した天ぷらは、店舗営業を始めた頃から〝高級料理・天麩羅〟へと分化していった。そこで磨かれた技術は今に受継がれている(だからといって〝大衆料理・天ぷら〟が滅びたわけではない)。
Tempura
Tempura / Jon Åslund


 さらに江戸で天ぷらが進化した事情としては、現在東京湾と呼ばれる巨大な湾内で獲れる豊かな魚介類が、
〝江戸前…_φ(・・ )b〟
と呼ばれて、ブランド化するほどウマ━━(゜Д゜)━━!!!な食材だった事で、寿司と天ぷらの発展は江戸前の新鮮な魚介類が支えていたと言えます。

 あと現在普通に使われていて、和食の味付けの基本になっている
〝濃口醤油…_φ(・・ )b〟
が登場したのも江戸時代後期であり、江戸時代は我々がイメージする〝和食〟というモノの完成形が出来上がった時代だともいえる訳です。


↓ 寿司や天ぷらがブレイクしたのは、料理の技法もさることながら、〝江戸前〟と言われる東京湾産の新鮮でウマ━━(゚Д゚)━━!!!な食材が豊富にあった事も大きな要因のひとつ。江戸はもちろん日本一の人口を誇った大都市だったが、当時は日本一どころか〝世界屈指の人口密集地〟で、そんな都会の目の前に豊かな漁場があるのも珍しいが、理由は…いつか別なネタ書き垂れる予定…(画像はイメージ…ってか江戸前じゃ獲れないモノもあるような気が…)。
【寿司140貫分が今だけ9,800円!】特上お刺身セット【約14人前・8種・約900g】
濃口醤油が登場したのも江戸時代。現代の我々がイメージする〝和食〟というのは高級料理から家庭料理まで、その調理法や味付けの多くが江戸時代に確立したモノである。
和食ランチ りん
和食ランチ りん / kimi-


 明治維新によって江戸時代は終わりましたが、そのせいで
〝海外からの肉食文化 ヽ(´∀`)ノ〟
が入ってきて、日本人の食生活も洋式に変化していったわけですが、そんな中で屋台の天ぷら廃れていきました。

 もっとも、屋台の天ぷらと洋食化が直接関係していたかはよく解かりません(コレはV(-¥-)Vの下調べが杜撰だから…)。
 ただ、この頃屋台で
〝焼き鳥屋 (*´ω`)〟
が登場したようで、油を使って揚げるよりも、直接火で炙った料理のほうが設備も簡単ですし、濃口醤油で甘辛く味付けした焼き鳥の方が、大衆に好まれたのかもしれず、寿司や天ぷらはだんだん店舗営業がデフォになっていったようです。
=続く=

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↓ 江戸の町が〝東京〟に変わってから、肉食文化が広がり、焼き鳥などの新しい〝肉食系ファーストフード〟も登場し、天ぷらは屋台から店舗営業が中心になっていった。
tenp_1046.jpg

A Miniature Tokyo Street of Meiji Era / Yoshikazu Takada

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天ぷらが好き!【5】

 そんなわけで江戸時代の天ぷらは屋台で進化していったわけですが、その頃の天ぷらというのはタネを一つずつ長い竹串に刺して揚げ、客も串に刺さったままの天ぷらを天つゆに浸けて食べるという、現代の〝串揚げ〟みたいな食べ物でした。

↓ 江戸時代、屋台の天ぷらというのは現代の串揚げのように、天ぷらダネを長い竹串に刺して揚げていた。現代の串揚げの多くは、衣にパン粉も着けている点が天ぷらと違うが、串揚げの先祖は江戸時代の屋台天ぷらかもしれない。
神戸揚げ百選「たくみ」串揚げセット

 値段は
〝1串@4文…_φ(・・ )b〟
だったという説があるものの、4文が現在の貨幣価値でいくら位なのかが判りませんので、価値観としては、
丁稚奉公の小僧さんが、買い食い出来る程度の値段 ヽ(´∀`)ノ〟
という非常に手軽な、マクドナルドの100円バーガー級のファーストフードだったようです。


↓ 江戸時代の天ぷら屋台の様子を描いた絵。子供や女性も天ぷらを買っている様子が描かれており、当時天ぷらが〝庶民のファーストフード〟であった事が窺える。
江戸時代の天ぷら屋台
画像参照-Wikipedia-『天ぷら』
子供でも買えたというと、天ぷらの値段はマクドナルドの「ハンバーガー」、あるいは「チーズバーガー」くらいのリーズナブルなモノだったのではないかと思われる。
マクドナルド
マクドナルド / takako tominaga


 さて、江戸時代が現代と比べて色々違う事は当然お判りかと思いますが、社会システムの大きな違いとして江戸時代は〝身分制度〟がしっかりしていまして、
〝職業選択の自由がほとんどない Σ(゜ロ゜;)〟
という、ある意味トンデモない時代でした。

 つまり、この時代に長男として生まれた子供は親が武士なら武士に、親が農民なら農民に、あるいは親が天ぷら職人なら天ぷら職人になるのが〝定め〟だったのです。
 次男坊とか女子の場合は、親の身分によって若干〝身の振り方〟が違ってきますが、この頃は基本的には
〝親の身分や職業を子々孫々まで伝えていくのが社会の掟 ( ̄^ ̄)v〟
でした。


名君・保科正之が定めた様々な法によって、当時の庶民は比較的恵まれた社会生活を送っており、江戸時代は〝日本史の中で最も幸せだった時代〟のひとつだと言われている反面、身分制度の枠はキツく、親の仕事を継いでいくのが当たり前で〝職業選択の自由〟は殆ど無かった(画像はイメージ)。
tenp_1032.jpg
Miniature Tokyo Street of Edo Era / Yoshikazu Takada

 そんな社会の〝デメリット〟は、職業選択の自由がある現代に生きている我々にもすぐわかりますが、実は〝メリット〟もちょっとあります。

 まぁ、現代は進路を決める時期といえば思春期の真っ最中で、将来の事をあれこれ真剣に考えるのも面倒な人であれば、
「親の家業を継ぐのが当たり前だから、将来を悩まなくていいぢゃん・・・( ̄- ̄ )」
と考えるかもしれませんが、ココでいうメリットというのは、そういう事ではありません


↓ 自由というのは、絶え間なく突き付けられる選択の連続であり、選択の結果は自己責任である。身分制度という決められた枠の中で生きるというのは、ある意味〝自分の境遇に責任を取らなくても良い世界〟なので、考えようによっては気楽かもしれない
人生ゲーム

 家業を親から子へ伝えていくという事は幼い頃から、その職業のノウハウを一子相伝で叩き込まれることで、
〝神業のような職人芸が極められる (`・ω・´)9〟
というメリットがあるのです。


↓ 一子相伝といえば…
北斗の拳 プレミアムベスト
↓ 同じく〝一子相伝系・格闘漫画〟『修羅の門』。地上最強の格闘技「陸奥圓明流(むつえんめいりゅう)」の伝承者である主人公は、幼い頃よりその技を仕込まれる…というか、幼い頃から修行しなければ体得できないのが、この武術だという設定である。
修羅の門 文庫全15巻 完結セット (講談社漫画文庫)

 江戸時代でも仕事というのは結構な職種がありまして、たとえばウナギの蒲焼きを作るときに使う竹串を専門に作る職人というのも居たそうで、要は竹串を削るだけの作業なんですが、ド素人が削った竹串より、専門の竹串職人が作った竹串の方が
〝ウナギが美味く焼ける Σ(゜ロ゜;)〟
という事が実際あるそうで、どんな職業でも
〝匠の技 Σ(゜o゜ノ)ノ〟
というのは、幼い頃からの修行が大切であり、そういう意味では〝職業選択の不自由〟というのは、日本文化の中に根付いていた数々の職人技を育てる基礎になっていたと言えるでしょう。


↓ 日本にはウナギを焼く竹串を削り出す職人が居るそうな…見た目は何の変哲も無い竹串らしいが、よりウナギが美味くなると言われている。そんな日本に古来から伝わる伝統技術には、先祖から代々技を受継いでいく一子相伝だからこそ〝極められた技〟が数多くある。
うなぎ
うなぎ / shibainu


 そして天ぷら職人の世界も外国から伝わった揚げ物を、日本を代表する料理へと高めていきました。
〝天ぷら職人は、全てのタネには相応しい下ごしらえを行い、タネごとに最適の温度と時間で揚げる…_φ(・・ )b〟
と基本を文字してしまえば、それだけの事なんですが、そこに懸ける技術とカンは只事ではありません


↓ 天ぷらというのは、素材に衣をつけて揚げるだけの料理だが、それを専門にしている天ぷら職人の技は、もはや〝芸術の域〟に達している(画像はイメージ)。
Precision
Precision / pjan vandaele


 天ぷら職人は天ぷらダネの揚げ上がりをイメージして、食感と素材の味が最高にウマ━━(゜Д゜)━━!!!な状態になるように、時には素材に包丁を入れ、衣のつけ方を工夫します。
 また揚げる天ぷらダネによって油の温度や揚げ時間を変えて調理していくわけです。
=続く=

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↓ 本来なら丸まっている筈のエビが天ぷらだと真っ直ぐに揚がるのは、下拵えの段階で〝伸ばして〟いるから…天ぷらダネは素材に合わせて、最もウマ━━(゚Д゚)━━!!!に揚げ上がるように予め丹念な下拵えがしてある。
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JOH_0271 / star5112


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天ぷらが好き!【4】

 「Filete」というのは、直訳すると〝切り身〟の事らしいのですが、料理用語になると衣を着けた揚げ物料理になるそうで、そんなフィレッテに最も近い天ぷらが
〝長崎天ぷら…_φ(・・ )b〟
と言われる郷土料理でしょう。


↓ 長崎県平戸市の平戸城界隈。天ぷらが日本に渡来したのは長崎県らしいが、当時長崎で海外との交流拠点になっていたのは、現在の長崎市ではなく平戸地方だったらしい。
Hirado castle1
Hirado castle1 / Meh_sleep


 長崎天ぷらは、その名の通り長崎県の郷土料理ですが、衣に卵だけではなく砂糖なども混ぜて味を付けて揚げるのが特徴で、天つゆや塩を付けずに
〝そのまま食べるとウマ━━(゜Д゜)━━!!!〟
な料理になっており、衣の付き方も卵の色がしっかり付いた厚めの衣になっています。

 ですから関東圏…というか、全国規模に広がった〝江戸天ぷら〟からすると、同じ料理には思えないのですが、長崎天ぷらは
〝江戸天ぷらの祖先 Σ(゜o゜ノ)ノ〟
とも言える料理ですので、興味がある方は〝お取り寄せ〟して食べてみるといいかもしれません(まぁ、揚げ物は〝揚げたて〟がウマ━━(゜Д゜)━━!!!なので、出来れば長崎まで行って食べるのが良い)。


↓ 長崎天ぷら。江戸天ぷらは基本的に練り物を天ぷらダネにする事は珍しいが、関西地方くらいまでの西日本では昔から練り物も〝アリ〟だったらしい。本文中に紹介したような野菜や魚介類に厚めの衣を着けた長崎天ぷらのフリー画像は無かったので、それも見たい人は画像検索してみよう。ただ、現代では長崎でも江戸天ぷらを出している店は少なくないので、探すのは意外と面倒だったりする。
長崎てんぷら 鰯のげんこつ
長崎てんぷら 鰯のげんこつ / ucb


 天ぷらの王道ともいえる、江戸天ぷらが生まれたのは江戸時代に入ってからです。
 長かった戦国時代も終って、治安が回復されるにつれて庶民の生産力も向上した事で生活も豊かになり、四代将軍・家綱の頃には江戸の町に
〝屋台のファーストフード店が出現 Σ(゜o゜ノ)ノ〟
します。


↓ 四代将軍・家綱の時代に〝日本初の屋台〟が登場した。もっともラーメンはご存知の通り、戦後になって中国の拉麺を日本風にアレンジしたものだが、その味がウケて日本中に広がり、屋台の蕎麦屋をほぼ全滅させてしまった。〝正しい当時の屋台〟に関しては後述。
RC屋台のラーメンラジコン

 この頃までの日本というのは、
〝1日2食が基本 Σ(゜ロ゜;)〟
で、昼食を摂る習慣はまだ根付いていませんでした。

 というのも、戦国時代の頃だと庶民はまともに食事にありつけなかったからで、別に好き好んで食事回数を2回にしていたわけではありません。
 それが徳川幕府の治世が訪れると共に、庶民は落ち着いて農業や漁業の生産活動を送れるようになって、食料の生産性が高まると同時に、物流や貨幣制度も整備されて、生活も豊かになったわけです。


↓四代将軍・家綱。徳川家康の〝直系最後の将軍〟で、家康のひ孫にあたる。この時代になって、ようやく日本国内は江戸幕府の政治システムが安定して町が栄え、庶民の暮らしも向上していき、食事も1日3回になったり、時には屋台で小腹を満たすようになった。
四代将軍・家綱
画像参照-Wikipedia-『徳川家綱』

 日本人(主に庶民)の食事回数が1日3回になったのは、徳川幕府の治世が安定した江戸時代の中期の始め頃(1650~60年代くらい)だと言われていますが、そんな1日2食から3食へシフトし始めた頃に屋台で食べ物を提供する
〝外食産業 (・∀・)v〟
が興ったと思われ、寿司や蕎麦と共に天ぷらを売る屋台も現れました。


↓ 現代では、ほとんど天然記念物の〝蕎麦屋の屋台〟。蕎麦の屋台が出現した背景には1日2食だった当時の庶民生活が密接に関係していたようで、その頃の食事は朝と晩の2回だけ摂っていた。そころが冬は夜明けが遅くて日が暮れるのが早いので晩飯から朝食の間の時間が長く、夜中に小腹を空かす人は多く。そんな人々を目当てに〝夜鳴き蕎麦〟の屋台を始め、それが大繁盛したのが屋台のルーツらしい(画像はイメージ)。
DSC08042.JPG
DSC08042.JPG / casek


 江戸の町に屋台が出現した理由は、1日2食で空いた小腹を満たす以外にも、当時発生した大火事〝明暦の大火〟で江戸の街の半分以上が焼けてしまった為、それを復興するのに全国から大工が集まって来て、そんな〝単身赴任の大工〟相手に食事を売る連中が屋台を始めたとかいう説もありますが、江戸の復興が終わった後でも屋台は廃れず、むしろ庶民の食欲を満たす存在として益々発展したようです。

↓ 明暦の大火の様子を描いた当時の絵。色が付いていないのでイマイチ迫力が無いが、江戸の町の半分以上を焼き尽くし、江戸城まで被害を受けたというトンデモない大火事だったらしい。ただ、この火事の教訓を活かして江戸の町は消防組織が整備された。そして復興の為に全国から大工職人が多く集まり、江戸の町は被災以前よりも繁栄していく
明暦の大火
画像参照-Wikipedia-『明暦の大火』

 まぁ、屋台と言っても現在のリヤカーのような車輪付きのモノではなく、天秤棒の両側に箱を付けて持ち運ぶ〝移動式屋台〟や、他には現在でもたまぁ~に見かける、簡単にバラせるけど基本的には組み立てたままにして営業している〝据え置き式屋台〟といったモノでした。

 そんな屋台で寿司や蕎麦を売っていたのですが、町民文化が益々華開くようになると、寿司屋や蕎麦屋は屋台ではなく、ちゃんとした店舗販売をする店も出来ていったわけですが、
〝天ぷらは高温の油を使うから、危険なので屋台でしか販売するな ( ̄^ ̄)b〟
というお達しが幕府からあったようです。


〝籠式屋台〟と言われる移動式の屋台。材料や調理器具を収納した籠を天秤棒につけ、担いで移動した。
籠式屋台
籠式屋台 / ajari

〝据え置き式屋台〟というのは、現在福岡の博多で見られる〝屋台〟のような簡易店舗で、移動式に比べて大型の設備で営業できる。ただ昔はどちらにも〝車輪〟は付いていなかった(博多の屋台は画像のような据え置き型もあるが、どちらかと言えば〝車輪付き屋台〟が多い…ような気がする)。
Fukuoka Yatai
Fukuoka Yatai / shibuya246


 この幕府の命令は、全部木造で密集家屋が多かったという当時の江戸の住宅事情を考えた上で、至極真っ当なお達しであり、その頃幼い将軍・家綱に代わって幕府を仕切っていた大老・保科正之が非常に優秀な政治家だった事を示しています。
=続く=

【このネタを初めから読む】

保科正之(ほしな まさゆき)。江戸幕府において初の大老職についた男であり、会津松平藩の初代藩主でもある名君である。明暦の大火の復興政策をはじめとして、数々の優れた制度を作り出したのがこのおっさんで、江戸幕府が250年以上存続できたのは、保科正之が作り上げた統治システムが優れていた事が大きな一因であるが、義務教育では紹介されない人物なので、とっても偉いのにあんまり有名ではない人
保科正之
画像参照-Wikipedia-『保科正之』

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